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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)10281号 判決

原告

上野善信

ほか一名

被告

黒澤建設株式会社

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一(当事者の求める裁判)

一  原告ら

1(一)  被告らは各自原告上野に対し、一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和五九年四月二六日から、内金一〇万円に対する昭和六一年八月二二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告らは各自原告片山に対し、四四〇万円及び内金四〇〇万円に対する昭和五九年四月二六日から、内金四〇万円に対する昭和六一年八月二二日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

主文一、二項と同旨

第二(当事者の主張)

一  請求の原因

1  (事故の発生)

(一) 昭和五九年四月二五日午後一〇時四〇分頃、東京都渋谷区渋谷地先首都高速道路上において、原告上野運転、原告片山同乗の普通乗用自動車(以下「被害車」という。)が走行中、後方から進行してきた被告黒澤建設株式会社(以下「被告会社」という。)所有、被告黒澤運転の普通乗用自動車(以下「加害車」という。)がその前部を被害車後部に追突させた(以下「本件事故」という。)。

(二) 本件事故により、原告上野は頸椎捻挫及び胸椎捻挫の傷害を負い、原告片山は頸椎捻挫及び胸椎捻挫等の傷害を負つた。

2  (被告らの責任)

本件事故は、被告黒澤が加害車を運転するに当つて前方に対する注意を怠つたために生じたものであり、被告会社は加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、被告会社らは連帯して、原告らの損害を賠償すべき業務がある。

3  治療経過

(一) 原告上野は、前記傷害のために次のように通院治療を受けた。

(1) 整美健鍼灸院

昭和五九年五月四日より同年七月七日まで(通院日数一七日間)

(2) 坂上接骨院

同年七月八日より一〇月一五日まで(通院日数八三日間)

(二) 原告片山は、前記傷害のため次のように通院治療を受けた。

(1) 堀越整復院

昭和五九年四月二七日より同年六月三〇日まで(通院日数四二日)

(2) 東京専売病院

同年五月二四日より七月五日まで(通院日数四日)

昭和六一年三月一七日より同年四月九日まで(通院日数四日)

(3) 坂上接骨院

昭和五九年七月一六日より昭和六〇年四月三〇日まで(通院日数一六八日)

(4) 曽我接骨院

昭和六〇年六月七日より昭和六一年三月三一日まで(通院日数一四一日)

4  (損害)

(一) 原告上野の損害

(1) 原告上野は、本件事故後約六か月間にわたり頸部・後頭部・左肩部・左背部・胸部等の疼痛、痺れなどに苦しみ、精神的にも鬱状態が続いて何度も仕事(東京地方貯金局に勤務)を退職することを考えたほどであつた。原告上野のかかる精神的苦痛を慰藉するためには、一〇〇万円が相当である。

(2) 弁護士費用

原告上野は、被告らが本件事故につき賠償義務のあることを争つているため、原告ら訴訟代理人に対し、本訴の提起・追行を委任し、本訴請求額の一〇パーセントを報酬として支払うことを約した。したがつて、被告らは一〇万円を原告上野に対し賠償すべき義務がある。

(二) 原告片山の損害

(1) 治療費(被告らから弁済を受けていないもののみ)

曽我接骨院分 五二万一五〇〇円

(2) 休業損害 四一八万九六二四円

原告片山は、本件事故当時、訴外株式会社興商の取締役兼事務・営業・集金担当社員として、月額三五万円の収入を得ていたところ、前記傷害によりペンも持てない状態となり仕事がほとんどできない状態が続いたため、同原告の収入は、昭和五九年九月から一二月までは月額二〇万円、昭和六〇年一月から昭和六一年一月までは月額九〇〇〇円、同年二月及び三月は月額二万五〇〇〇円にそれぞれ減収となつた。したがつて、原告片山の右期間の休業損害は五六八万三〇〇〇円となる(三五万円×一九―九六万七〇〇〇円)ところ、同原告は被告らから休業損害分として、一四九万三三七六円の支払を受けたので、休業損害の残額は四一八万九六二四円となる。

(3) 慰藉料

原告片山は、本件事故後二年以上にわたり頸部・肩部・背部等の重感、筋肉痛、痺れ、凝りなどに苦しみ、しかも次第に症状が悪化して一時期は家事もできないほどであつた。現在も右の如き状態が続いており、回復の見込がない。同原告のこのような肉体的・精神的苦痛を慰藉するためには、二〇〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用

原告片山は、被告らが本件事故につき賠償義務のあることを争つているため、原告ら訴訟代理人に対し本訴の提起・追行を委任し、本訴請求額の一〇パーセントを報酬として支払うことを約した。したがつて、被告らは四〇万円を原告片山に対して賠償すべき義務がある。

5  よつて、(一)原告上野は、被告ら各自に対し、慰藉料一〇〇万円及び弁護士費用一〇万円合計一一〇万円並びに右一〇〇万円に対する本件事故後である昭和五九年四月二六日から、右一〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月二二日から各完済に至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を、(二)原告片山は、被告ら各自に対し、治療費、休業損害、慰藉料合計六七一万一一二四円の内金四〇〇万円及び弁護士費用四〇万円との合計四四〇万円並びに右四〇〇万円に対する本件事故後である昭和五九年四月二六日から、右四〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年八月二二日から各完済に至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

1  請求原因1(一)の事実は認めるが、同(二)の事実は否認する。同2の事実は認める。同3の事実のうち原告らがその各主張の通院をしたことは認めるが、右通院が本件事故によつて被つた傷害を治療するために必要なものであつたことは否認する。同4の主張は否認する。

2(一)  被告は原告上野に対し、治療費として四五万六〇〇〇円、通院費として三万五二八〇円合計四九万一二八〇円の支払をしたが、仮に同原告が本件事故により傷害を被つたとしても、せいぜい、(1)慰藉料四万二〇〇〇円、(2)休業損害一九万八七七二円(一日一万四一九八円、一四日分)、(3)治療費一万二〇〇〇円(一回三〇〇〇円、四回分)、(4)通院費六〇〇〇円(一日一五〇〇円、四日分)、合計二五万八七七二円にとどまるから、被告は原告上野の損害を全額弁済したものというべきである。

(二)  被告は原告片山に対し、治療費として八一万三五二〇円、休業損害として一四九万三三七六円、通院費として二一万三五二〇円合計二五二万〇四一六円の支払をしたが、仮に原告片山が本件事故により傷害を被つたとしても、せいぜい、(1)慰藉料四万二〇〇〇円、(2)休業損害八万八六四八円(一日六三三二円、一四日分)、(3)治療費九〇〇〇円(通院一日当り二二五〇円、一四日中実通院日数四日とする。)、(4)通院費六〇〇〇円(通院一回一五〇〇円、四回)合計一四万五六四八円にとどまるものというべきであるから、被告は原告片山の損害を全額弁済したものというべきである。

三  原告らの右被告の主張の認否

原告らが被告主張の金員の支払を受けたことは認めるが、その余の被告の主張は争う。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(一)、同2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告らの損害の有無について判断することとする。

1  弁論の全趣旨により成立を認めることができる乙第三号証の一、二及び同第四号証の一ないし七、原告上野善信及び被告黒澤俊雄各本人尋問の結果を総合すると、本件事故の態様は、事故当時その現場付近の高速道路が渋滞していたため、のろのろ運転が続き、被害車(トヨペツトクラウン)が停止の状態に入つたところ、加害車(トヨペツトクラウン)が追突したというものであるが、両車の損傷の程度は、事故直後原告上野も被告黒澤もさしたる関心も払わなかつたこと(なお、本件事故についてはその直後警察に届出はされていない。)、その後された修理個所からみても、被害車がリヤバンパーカヴアー、左リヤフレーム等に若干の損害を受け、加害車がフロントバンパー等に若干の損傷を受けた程度であつたこと等の事情に照らすと、本件事故による衝撃の程度は軽微なものであつたと認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告上野は、本件事故により頸椎捻挫及び胸椎捻挫の傷害を受けた旨主張し、成立に争いがない甲第一、二号証及び同原告本人尋問の結果中には、右主張に副う部分がある。しかしながら、甲第一号証は鍼灸師の、同第二号証は柔道整復師の診断書であり、その診断内容はいずれも主として同原告の主訴に基づくものと推認され、同原告の右供述と同様に客観性に欠け、到底措信しうるものとはいえない。原告上野は、本件事故後頸椎捻挫の専門医である整形外科医又は脳神経外科医の診断、レントゲンによる検査も全く受けておらず、したがつて、右傷害を受けたことについて客観性のある検査、的確な診断に基づく結果を証拠として提出していないうえ、前示のような本件事故の態様、衝撃の程度等を考慮すると、原告上野が本件事故により頸椎捻挫及び胸椎捻挫の傷害を受けたと断定することはできないものというべきである。

したがつて、原告上野の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。

3(一)  原告片山が本件事故により頸椎捻挫の傷害を受けたことは、いずれも成立に争いがない甲第六、七号証及び乙第六号証一ないし八によつて認めることができ、これを覆すに足りる証拠はないが、同原告がその余の同原告主張の傷害を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  そこで、原告片山が本件事故により受けた頸椎捻挫の程度について判断することとする。

(1) 成立に争いがない甲第三号証によると、原告片山は、本件事故の日を入れて三日目に堀越整復院に赴いているが、その時点においても同院の整復師に対して自覚症状を訴えていないことが認められること、(2)前掲甲六、七号証及び乙第六号証の一ないし八並びに原告片山珠子本人尋問の結果によると、原告片山が、東京専売病院において脳神経外科医神田龍一の診断を受けたのは、本件事故後九日目の昭和五九年五月四日であるが、そのころ受けた頸部のレントゲン写真の結果によると、頸椎に変位があるとされているが、同医師は、原告片山に対し、一か月に一度位様子を見せにくるようにと指示し、また、治療方法については、同原告が受けていた接骨院の治療でも、坐薬による対症療法のいずれでもよいとしたにとどまり、現に、同原告が、その後昭和五九年中に同病院に赴いたのは同年六月四日、同月七日、同年七月五日の三回であり、また、右対症療法以外の治療を受けたとは認められないうえ、昭和六一年六月二五日同病院に赴いて診断を受けた際、同医師は同原告に対し、右時点における同原告の自覚症状と本件事故との間に因果関係があるとの証明はできないと述べたとの諸事情が認められ、これらの諸事情を考慮すると、右頸椎の変位は本件事故による外傷性のものではなく経年変化によるものと推認するのが相当であること、(3)右(1)、(2)の諸点に照らすと、原告片山が本件事故により被つた頸椎捻挫の程度は、重くても、一般的に受傷後三月程度で治療するとされている程度を超えるものではないと認めるのが相当である。

原告片山は、右三月を超えて頸部・肩部・背部等に痛み、痺れ、凝り等が続いた旨主張し、原告片山珠子本人尋問の結果中には右主張に副う部分があるが、仮に右の症状が続いたとしても、これが、本件事故に起因する心因的なものか、本件事故と係りのない前記頸椎の経年変位によるものか又はいわゆる賠償神経症によるものかを明らかにする証拠はないから、右症状が本件事故に基づく損害であると断定することはできない。

(三)  そうすると、原告片山の本訴請求に係る損害中、曾我接骨院に対する通院治療費及び休業損害は、いずれも本件事故後三月を超えて生じたものであることは原告の主張自体から明らかであるから、本件事故と相当因果関係がないものというべきである。また、原告片山が前記傷害を受けたことによつて被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、五〇万円をもつて相当と認められるが、成立に争いがない乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし四によると、被告が原告片山に対して既に支払つた坂上接骨院への治療費には、被告において支払義務のなかつた分が五〇万円以上あることが計算上明らかであるから、この過払分と右慰藉料五〇万円との差し引き計算すると、結局、原告片山の右慰藉料は既に支払われたものと認めるべきものである。

以上のように、結局、原告片山の本訴請求は理由がないことに帰するものというべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田保幸)

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